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能登半島地震の災害ボランティアで私たちが感じたこと。|復興に向けた活動の記録|

令和6年能登半島地震の発生から1年が過ぎました。この間、被災地には県内外から多くのボランティアが訪れ、今もなお復旧・復興に取り組んでいます。秋には記録的な豪雨にも見舞われるなど厳しい状況が重なる中、現地ではどのようにボランティア活動が行われているのでしょうか。

震災発生から現在まで、被災地でボランティア活動やそのサポートを続けている4名のリアルな声をお届けします。

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これまでの活動について

槌谷雅也さん
「輪島市社会福祉協議会」職員。地元輪島へUターン後、人と関わる仕事への興味から地域福祉に携わることを決意。おもに地域福祉や災害支援に関わる業務を担当している。

槌谷さん:輪島市災害ボランティアセンターのコーディネーターとして、ボランティアの受け入れや被災地のニーズ調査などを行ってきました。ボランティアセンターは現場の最前線なので、急な出来事にも臨機応変に対応しなければいけません。「明日はどれくらいボランティアが来てくれるのか」「この地域にはどういったニーズがあるのか」。そういった情報を整理しながら、被災地の復旧作業がスムーズに行われるように、適材適所のマッチングを心がけてきました。

能門亜由子さん
1,300年の歴史を誇る輪島市「重蔵神社」の禰宜ねぎ。震災直後から被災者支援やボランティアの調整に従事するほか、観光資源の開発を通じて復興支援に取り組む「輪島ファーストペンギン」も運営している。

能門さん:炊き出しや支援物資の配布を中心に、豪雨後は神社内に民間のボランティアセンターを立ち上げて、県が派遣するボランティアバスの受け入れなどを行ってきました。炊き出しは最大で1日2,000食。地元の飲食店とチームを組んで、避難所に配食するシステムも作りました。震災直後は24時間態勢で活動していて家にも帰れない状況でしたが、もともと神社の仕事を通じて地域の方々と深く関わっていたので「誰かがやらなければ」という気持ちで乗り切ることができました。

小上防健太さん
「金沢大学ボランティアさぽーとステーション」メンバー。被災した祖母の家を訪ねた際に、変わり果てた輪島の風景にショックを受け、ボランティアに参加することを決意した。

小上防さん:震災後、最初に能登を訪れたのは輪島市にある祖母の家。家の中は家財道具が散乱した危険な状態で、そこを片付けるのが最初の活動になりました。4月に金沢大学に進学してからは「ボランティアさぽーとステーション」の一員として、週に1回のペースで、家具の運び出しや瓦礫がれきの分別、被災者支援住宅での傾聴活動や写真洗浄など、被災地への継続的なボランティア活動を行っています。

湯澤実柚さん
「金沢大学ボランティアさぽーとステーション」メンバー。「地震発生時は受験期だったことで、何もできずにいる自分にもどかしさを感じていた」と、大学進学後にボランティアへ参加するようになった。

湯澤さん:写真洗浄は、水害などで汚れてしまった写真をキレイにして、持ち主に返す作業のこと。思い出を取り戻す手助けができる貴重な体験でした。そのほかではコミュニティーづくりを目指して、住民の方々と一緒におしゃべりをしたり、ワークショップを開催したり、住民同士のつながりを深める活動なども行っています。

印象的だった出来事

小上防さん:仮設住宅の隣にある公民館で交流活動をしていた時、遊びに来られるのは地域住民の方が多く、仮設住宅で生活している方はほとんど来られませんでした。そこで仮設住宅を直接回って「参加してみませんか?」と声をかけてみたところ、2~3人の方が来てくださって、地域の方々と仲良くなって帰られたんです。初めて「自分たちの活動が役に立った」と実感できた瞬間でした。

槌谷さん:ボランティアの方々と地域住民の交流はとても大切だと感じています。市民同士だとお互いの被災状況を知っていることが多くて「そっちの家はまだマシだった」というような皮肉めいた感情が生まれてしまうこともある。実際に外から来られたボランティアの方に話を聞いてもらうことで、気持ちが軽くなるという声も少なくありません。市民同士では解決しにくい部分を、外部の方がサポートしてくれるのはとても助かりますね。

湯澤さん:私が印象的だったのは輪島と金沢の二拠点で開催された夏祭りです。状況は厳しい中でも、人が集まって活動することで「みんなでがんばろう!」といった前向きな気持ちになれる。そうした地道な活動が、地域の団結や絆を深めることにつながるんだと、あらためて感じることができました。

能門さん:震災直後から「地震の影響で今年は祭りができない地域が多い」と言う話をよく耳にしました。私自身も金沢に二次避難する中で「祭りがない」「帰れない」という声をたくさん聞いて、だったら輪島と金沢の両方でお祭りをしようという流れになったんです。ふたを開けてみると人手が足りない状況で、たくさんのボランティアの方々に支えていただきました。祭りを実現するには、やはりマンパワーが欠かせませんね!

私たちにできる支援とは?

槌谷さん:やっぱり災害ボランティアに参加いただけるのはうれしいですね。災害の直後は危険な箇所が多く、一度に大人数を受け入れするのが難しかったのですが、現在は重機などを扱う専門ボランティアの皆さんとの連携もあり、受け入れ体制も整っています。

能門さん:専門ボランティアの存在はあまり報道されていませんが、被災地では専門的な知識や技術を持ったボランティア団体が復旧活動をけん引してきました。それだけでなく、倒壊した家屋など危険な場所で作業をする地元の方たちに、機械の操作方法を指導するなど、災害に備えられるような取り組みも行っているんです。

専門ボランティアとは?
地震・豪雨の発生後、被災地では専門的な知識や技術を持ったボランティア団体が復旧活動をけん引してきました。その技術やノウハウは現地に受け継がれ、持続可能な復興へとつながる仕組みが形作られようとしています。

写真提供:災害NGO結

槌谷さん:そういう方々の活動を知っていただくことも大切ですし、ボランティアに参加するなど直接的な支援が難しい場合には、そうした団体に寄付という形でバックアップする方法も考えられますね。

湯澤さん:サークルでもボランティアを募集しているんですけど、やっぱり参加する人は限られていて…。でも、実際に能登を訪れた人たちは「思っているより大変な状況なんだ」と、何度も来てくれるようになるので、最初の一歩を踏み出してみることが大事だと感じています。

槌谷さん:そうなんです。まずは能登の状況を知ってもらうのが大事!たとえ現地に来られなくても、関心を持ち続けてもらうことに価値があります。その上で、ボランティアに限定せず、いろんな支援の形があるということを伝えたいですね。たとえば食事をするために訪れるだけでも立派な支援になります。

能門さん:ドライブがてら能登に足を運んで、買い物をしたり、食事をしてもらえるだけで、私たちは十分ありがたいんです。

小上防さん:能登を訪れた時の様子を写真に撮ってSNSに投稿すれば、情報が拡散されて風化防止にもなりますよね。ニュースで取り上げられることも減って、世の中の関心も薄れつつありますから。実際には復興の道半ばで、まだ支援が必要な場所も多いんですけど…。

槌谷さん:「もう復興は進んでいるでしょ」という誤解が広まってしまうのが一番怖い。そうした誤解を生まないためにも、たしかにSNSでの発信は大事ですね。私たちとしてもSNS等でボランティア活動の様子を写真とともに発信することで、被災地の〝今〞を知っていただけるように心がけています。

能門さん:能登の現状を知ることが、能登を支援する一歩につながる。そう思って来てもらえるとうれしいですね。

※この記事は広報誌「もっといしかわ」2025冬季号に掲載された「ボランティア クロストーク!!」の拡張版になります。

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