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【復興に向けた活動の記録】水道の早期復旧を目指し、市内を駆け巡る

被災地で、避難所で、今いる場所で。たくさんの人々が被災地や被災者のために立ち上がり、知恵や技術、思いを持ち寄って活動を行っています。一人ひとりが今自分にできることを考え、実践することで、小さな力が大きな力に変わります。

震災翌日から水道の復旧作業を開始

令和6年能登半島地震の影響により発生した断水被害は最大で110,000戸。能登地方を中心に水道管が広範囲で壊れ、また道路が寸断されて復旧作業に制約があったことなどから断水は長期化。住民は不自由な暮らしを余儀なくされました。

全国からの応援協力のもと、3月末時点で断水の約9割が解消。そんな復旧作業を陰から支えたのは、県内外の水道工事業者でした。

そのひとつが七尾市にある『株式会社シラヤマ』です。被災地の断水解消に向け、発災直後から応急復旧作業を開始。その一員として作業にあたった桜井蓮太さんは、地震発生当時の様子をこう語ります。

「その日は正月ということもあって実家でのんびりと過ごしていました。地震発生後すぐに社長から安否確認の連絡が入り、それと同時に『動ける状況なら明日から現場に来て欲しい』との要請がありました。七尾市の至る所で水道管の破損が報告されていて、早急な復旧作業が必要な状況であることは明白。出動するかどうかを迷うことはありませんでした」

桜井 蓮太さん
2003年生まれ、七尾市出身。『株式会社シラヤマ』配管工。地震発生直後から、七尾市内で壊れた水道管の応急復旧作業にあたっている。

自分たちが生まれ育った町のために

作業が始まるのは早朝。市との連携により漏水場所に駆けつけ、重機で土を掘り出す。破損を確認したら修理や部品交換をし、また土を埋めていく。応急復旧はそうした作業の繰り返しとなります。その中で桜井さんは親方の手伝いをしながら、スコップで補助的に土を掘ったり、転圧機で土を固めるなどの力仕事を任されました。

「七尾市全域を行ったり来たりしたので、たしかに体力的にきついと感じることもありました。ただ、それ以上に汗だくになって帰っても、断水の影響でお風呂に入れない方がつらかったですね。今現在は自宅のある地域の断水は解除されていて、こうした仕事に就きながらも水道のありがたさを感じています」

日々、被災した水道の応急復旧に取り組んでいる桜井さんですが、じつは仕事が終わった後には、地元の避難所で手伝いもしていたと言います。

「運ばれてきた支援物資をトラックから下ろすといった簡単な力作業を手伝っていました。実際に知り合いもたくさん避難しているし、力になりたいなと思って。そうやって支え合っていかないと、自分たちが暮らす町がダメになる気がしたんです」

「応急復旧作業がひと段落したら、今度は本来行われるはずだった工事に取りかからないといけません。もうひと踏ん張りですね」と桜井さん。波穏やかな七尾湾のように静かで平穏な日常が戻るまで、もう少しだけ時間がかかりそうです。

※このインタビューは令和6年(2024年)2月29日に実施されたものです。